「あぁ、そういえばさ・・・」




ギブソン・ミモザ邸への帰り道、が突然そう切り出したのは、
あともう少しで屋敷に着くという頃だった。




「・・・なんだよ?」




リューグはこの2人に関して、いくつか気が付いたことがある。
2人が相当の実力者であることと、決して短い付き合いではないこと。
それから、あのときこそ言い争いに発展してしまったものの、
という奴は意外と話しやすい、ということだった。


リューグの知る女というのは、彼がちょっと声を荒げると、ビクリと肩を震わせて、
まるで獣でも見るような眼差しで自分を見たものだった。
ところがはリューグが声を荒げても、ちっとも怯えた様子は見せないし、
寧ろ下手をすれば、リューグの方が話の揚げ足を取られて笑い飛ばされる。


話しやすいと感じるのは、そんな彼女の性格と、
女にしては、リューグと同じぐらい荒い口調のせいだろうか。
アメル以外に比較的歳の近い異性と話したことはあまりないリューグが、気負いせず彼女と話せるのは、
の纏う雰囲気が、リューグのイメージする女より、男に近いからかもしれない。



一応、彼の名誉と身の安全のために追記しておくと
決して彼女の胸が小さいとか、そういう理由からではない。それだけは言っておく。



女特有の甘ったるい雰囲気が苦手なリューグにしてみれば、彼女のそんなところは好感が持てる。
だが同時に、だからこそ男と間違えたんだ、とも思った。




「アンタ達、これからどうすんの?」


「・・・・・・。」




かったるそうに歩きながら、はしばらくリューグの横顔を眺めていたが、
なかなか答えを返さないと、彼女は頭の後ろで腕を組み、おもむろに空を見上げて言った。




「1つ、から・・・そうだな、参考意見として聞き流してくれよ。
言う通りにしなくたって全然構わない。」


「・・・あぁ。」


「お前達兄弟は、レルムの村の出身なんだろ?アメル、だっけ?あの子と一緒でさ。」




リューグはこっくり頷いた。




「だったら、あの子の傍にいてやったほうがいいんじゃないか?
黒騎士を追いかけるにしろ逃げるにしろ・・・
まぁに言わせれば、その点についてだって別の意見があるんだけど。」




言いながら、今はそれについて議論するつもりはないと、が一旦口を閉じる。
・・・どうしてか、不思議と反論する気にはならなかった。
それを確認してから、が再び話し始める。




「お前達にはトリスにもマグナにも、にも真似出来ない、
時間っていう今まで築き上げてきた信頼があるんだ、それを使わない手はないだろう?」




がニヤリ口を吊り上げて笑った。
口調は悪巧みをする悪役そのものなのに、言っていることはそうでもない。
2人に関して、もう1つリューグは気付いたことがある。それは
―――――― ・・・




「・・・それにその方が、あの子も精神的に安定しやすいと思うけど?」


「・・・・・・。」


「まぁ、結局のところそれを決めるのはアンタ達自身だし・・・
時間はまだあるんだ、ゆっくり考えたら?」




・・・常識の通じないこの破壊魔達が、金銭に眼の眩んだ賞金稼ぎではないということ。










〓 第21話 終焉と呼ばれる者達 前編 〓










―――――――― ・・・話は数時間ほど前に遡る。


暴走したを取り押さえて、繁華街の辺りまで逃げ出してきたあとのことだ。
こうして人混みに紛れてしまえば、があの竜を召喚したとは分からないだろう。


一体どうやったのか、はハルシェ湖から離れたこの場所から召喚獣を送還し、
緑色のサモナイト石がキラリと光ったのを見届けると、
石に向かってブツブツと、置き去りにしてしまったことを何度も謝っていた。




「お前のせいだからなッ、バノッサ・・・ッ!!!・・・ごめんアークトゥルス、怖かったね・・・」




石を大切そうに手で包み込み、バノッサに凄んだときとは一転して
悲劇的な声で石に話しかけるの姿は、旗から見て異様以外の何者でもない。
だが幸いなことに、の呟きは通りのざわめきに掻き消され、人の耳に入ることはなかった。
リューグは隣で同じように息を切らせているバノッサに、こっそり耳打ちした。




「・・・オイ、なんだよアークトゥルスって・・・。
それに、さっきから石に向かって話しかけてるけどよ、アイツ頭大丈夫なのか・・・?」


「・・・あァ?そりゃお前、さっきの召喚獣の名前に決まってんだろうが・・・
アイツの召喚獣は1匹1匹、種族名とは別に名前があんだよ・・・。
それから頭は・・・信じられねぇかもしれねぇが、あれでも正常だ。」



――――――― ・・・そこの2人、さっきから丸聞こえなんだけど?(爽)」




がにっこり笑って銃を掴み、2人の頭に照準を定めたので、
バノッサとリューグは蒼褪めながら、揃って首を横に振った。




「やめて、返してよぉ!!」




そのとき、甲高い悲鳴が風に乗って聞こえてきた。
まだ声変わりをしていない、子供特有の高い声だ。
生命の危機、とまではいかないが、それでもその声からは、切羽詰まったものが感じられる。
は銃を降ろすと、怪訝そうな顔をして子供の姿を探し始めた。




「・・・子供の声?どこから?」




に続いてリューグも辺りを見回すが、辺りは人通りも多いうえに
とリューグはほとんど身長差もないため、声の発生源を見つけることが出来ずにいた。




「おい、あそこだ。」




2人より頭何個分か背の高いバノッサが、ふと建物と建物の隙間・・・
路地裏と表通りの境目辺りを指差した。
時折、通行人が何かを気にかけるように立ち止まり、そこにはちらほらと人垣が出来ている。
とリューグが歩く人の合間を縫って、必死に目を凝らすと・・・
ガラの悪そうな男が3人ほど、尻餅をついている男の子を取り囲んでいるのが見えた。




「・・・あいつらッ!!」


「もしかして子供からカツアゲしてんの!?・・・うっわ、情けなッ!!」




リューグは人間の風上にも置けないとばかりに拳を握り締め
は心底呆れた声で、馬鹿馬鹿しいと吐いて捨てた。

・・・こんな状況で、が子供を放って置くわけがない。
何しろ彼女の今の家は、その男の子と同じぐらいの年齢の子供がいる孤児院だ。
それを知っていたバノッサは、十中八九彼女が助けに入るとわかっていながら
“どうするんだ?”と訊ねようとし
――――――― ・・・




「・・・ちッ!」


「・・・あっ!おいリューグ、待てよッ!!」




しかし、そのよりも先に、リューグが駆け出してしまった。
伸ばした手も空しく、リューグは人混みを掻き分けて、真っ直ぐ人垣へと進んでいく・・・
すっかり置いてけぼりを喰らったは、困ったように肩をすぼめた。




「・・・なに?アイツって攻撃的に見えて、案外お人好しなの?」




“まぁ、そうだろうとは思ってたけど。”と付け足すに、バノッサは浅い溜息を吐く。
ジトっとした瞳で呆れたようにを見下ろすと、少し疲れた様子で言った。




「お前に人のことが言えんのかよ?助ける気満々だったんだろうが。」


「あっはっは!流石に良く解っていらっしゃる!」




バノッサが言うと、は妙な口調で一頻り笑った後
いつものニヤリとした含み笑いに戻って、悪戯っぽく告げた。




――――――― ・・・でもさ、子供時代って結構重要だよ?
愛情が足りないと、バノッサみたいな捻くれた大人になっちゃうからね。」


「・・・あぁ、なるほどな。」


「・・・いや、そこでそう冷静に返されても困るんだけど・・・」




あっさりバノッサがそれを認めたので、は少しつまらなそうにバノッサを見上げた。
けれどそれは、バノッサが自分の忌まわしい過去を乗り切ったということでもあるのだろう。
ぼんやりそんなことを考えていると、バノッサが面白そうに口の端を吊り上げた。




「・・・その様子だと、テメェの機嫌もすっかり直ったみてぇだな。」




は一瞬きょとんとしてから、自分を見下ろすバノッサの、見慣れた紅い瞳を見た。
彼の綺麗な紅い瞳に、随分間の抜けた顔の自分が映っている。




「・・・さぁて、なんのことかな?」




ふいっと彼から顔を背けて、戯けた口調でそう言うと、はクスクスと笑った。
けれど彼女も、本気でバノッサをはぐらかそうとはしていない。
その飄々とした態度こそが、本来の調子を取り戻したという遠まわしな合図なのだから。




「・・・さーってと。それじゃあことを穏便に済ませるためにも、助っ人に行くとしますか。」




ひとつ大きく背伸びをすると、は肩や肘を動かして、軽く柔軟体操をしながら
何故か意気揚々と、流れる人の波を掻き分け、リューグと同じ方向へ突き進んで行く。
バノッサは仕方なさそうな顔付きをしながらも、決して重くはない足取りでを追った。













「ガキのくせに結構持ってるな・・・」




小さな麻の袋を広げ、その中に詰まっている硬貨を数えながら、細面の男が呟いた。
その横から手元を覗き込むようにして猫背の男が立ち、その斜め前辺りに
座り込んでいる男の子を卑下た笑みで見下ろす、顎にキズのある男がいる。
品の無い笑みを浮かべ、いかにもゴロツキですと言わんばかりの風体だ。
表通りを行き交う人々は、絡まれている少年に気付きながら見て見ぬフリを決め込んでいる。
自分に矛先を向けられるのが怖くて、不憫に思いながらも助けられないのだ。




「服装からしてどこかのお坊ちゃんってわけでもねぇだろうに・・・こりゃいい獲物見つけたぜ。」




そう言って、そのまま袋をズボンのポケットにしまおうとする男に、少年が叫んだ。




「お願いだから、返して!!」




そしてお金の詰まった袋を取り返そうと、勢い良く立ち上がったが
目の前にいた顎にキズのある男に頭を押さえられ、蹴り飛ばされてしまった。




「黙ってろ、クソガキがぁッ!!!」


「・・・ふぅッ!!」




ズザッと音をたてて、軽い少年の体が地べたに転がる。
その姿を男達は満足そうに見つめ、踵を返してその場を立ち去ろうとした。




「・・・おいてめぇら、なにしてやがんだ!!」




そこへ、そんな決まり文句とともに赤毛の男が姿を現した
――― ・・・リューグだ。
男達の前に立ち塞がり、自分より年上だろう3人をギロリと睨む。




「あ?なんだ兄ちゃん。」


「このガキの知り合いか?」




そんなリューグの様子に、男達は面白そうな声をあげた。
まだ子供に分類してもおかしくはない青年1人に対し、自分達は3人もいる。
もし乱闘になっても、負けるはずがないと高を括っているのだろう。
態度は改まるどころか、調子に乗ってますますヒートアップするばかりだ。




「・・・そこのガキから盗った金、返せよ。」


「・・・はぁ?なんだって?」


「おい、今なにか聞こえたか?」




ぎゃっはっは!と声を揃えて笑うゴロツキを、リューグは軽蔑した瞳で見ると
実力行使も免れないと、拳を握り締める。
リューグの握り拳を見て、ゴロツキ達はにんまりと楽しげに笑った。


――――― ・・・もし、そのまま乱闘に突入していたとしたら。


所詮は子供だと、リューグを舐めきっていたゴロツキ達は
反対に彼の手によって、ボコボコに伸されていただろう。自警団で一番の腕前は、伊達ではない。

そういう意味では、怪我をしなかったぶんまだマシだったのかもしれない。
・・・だがこれだけは確かだ。どちらにしろ、彼等の余裕は長く続かない
――――― ・・・




「おい、リューグ!!」




人混みの中から飛んできた声に、名前を呼ばれた本人、リューグが振り返る。
聞き覚えのあるその声に、ゴロツキ達が一瞬にして震え上がった。

リューグが振り返ると、そこには大袈裟に肩で息をして見せて
掻いてもいないくせに額の汗を拭う仕草をすると、その後から悠々と歩いてくるバノッサの姿があった。




「お前、行動速すぎッ!・・・ったく、1人で先行くなよ。」


「・・・・・・・・・・・・お前等が遅いんだろうが。」




すっかり2人の存在を忘れていたリューグは、バツが悪そうに言い淀み、すぐ視線をゴロツキへ戻した。
どこかぎこちない動作の彼に、なんとなくそれを予想していたのか
“まぁいいけど”と肩を竦めて、は改めてリューグと対峙しているゴロツキを見た。




「それで、お相手は
―――――― ・・・ん?」


「「「・・・!!」」」




とバノッサの姿を認めると、ゴロツキ達の顔からサーッと血の気が引いていく。
3人は一斉に息を呑んで、細面の男は恐怖に引き攣った顔をして股間を押さえた。
彼等の挙動不審な行動に、は訳が解らず首を傾げる。
ゆっくり歩いてやっと追いついたバノッサは、ゴロツキの怯えた表情を見て
前を向いたままのに、リューグには聞こえないよう、腰を屈めそっと囁いた。




「・・・お前が伸したんじゃねぇのか?」


「え・・・バノッサじゃないの?だって、見覚えないし。」


「・・・お前はいちいち伸したヤツの顔覚えてんのかよ?」


「いや、覚えてないね。(きっぱり)」




がニヤリと悪質な笑みを浮かべると、3人がひぃっ!と身を捩って震えたので
少なくともか、そうでなければバノッサと2人掛りで伸したらしいことがわかった。
はさっぱり、彼等の顔に見覚えがなかったのだが
股間を押さえている細面の男だけは、自分がなにかしたのだろうと思う。
――――― ・・・彼は酷く怯えた表情で、が動く度にヒッ!?と悲鳴をあげるからだ。




「・・・?」




いい加減ゴロツキ達の様子がおかしいことに気付いて、
リューグは正面を向いたまま、不思議そうに首を傾げた。
まるで野生のリスか、そうでなければ野うさぎのような怯えように
は少しも悪かったとは思っていないくせに、悪いことをしたかな?
なんて一応思ってみて、それから呑気に頬を掻く。
・・・ちょうどいいから、その恐怖心を利用させて貰おうと、心に決めた。




「まぁこの程度の奴等、リューグなら楽勝だろうけど・・・手、貸そうか?」


「・・・こんなヤツラ、俺ひとりで十分だ。」




銃に手を掛けながら、がリューグにそう提案すると、
ゴロツキ達は恐怖に顔を歪めて、今すぐこの場から逃げ出したそうに後退りする。
それを逸早く察知したは、リューグが自分の方を見ていないのをいいことに
そっと腰の銃を抜き、にっこり微笑んでゴロツキ達に照準を定めた。






あ、その子から巻き上げたお金は置いていくようにね?(爽)






・・・・・・そんな無言の圧力である。
くぃっと銃口を上下させて、それを伝えたに、
ずっとサッカーのPKのように、股間を死守していた細面の男は
他の2人に急かされながら、大慌ててズボンのポケットから麻の袋を取り出すと
出来るだけ近づきたくないとばかり、袋をリューグの方へ放り投げた。

が満足そうに頷いて、銃を降ろしたのを見届けると
ゴロツキ達は今度こそ、無防備に背中を見せて、一目散に路地裏へと駆け出した。
プライドもなにもかなぐり捨てて、時折足を縺れさせながら、転がるように逃げていく。
ゴロツキ達が風のように去っていった方向を、リューグが拍子抜けした様子で、呆然と見つめていた。




「・・・なんだ、あいつら・・・?」


――――――――― ・・・さぁね?は知らない。」




呆然と呟くリューグに、が空っとぼけた返事をする。
そんな彼女に溜息を吐き、バノッサは顔を背けると、ぼそっと呟いた。




「・・・性質悪ぃ女。」




はそれに聞こえていないフリをして、前にいたリューグを追い抜くと
投げ捨てられた麻袋を拾って、一生懸命立ち上がろうとしている男の子に手を差し出した。
突然視界に差した影に、男の子はゆっくりと顔をあげる。
男の子は赤茶の髪と揃いの色をした瞳で、不安交じりにを見ていた。




「・・・君、大丈夫?立てるかな?」


「だ、大丈夫です・・・」




少年は弱々しい声でそう言って、自力で立ち上がろうと試みたが、足取りが危なっかしい。
それもそうだろう、自分より何倍も体の大きい大人に思い切り蹴られたのだから。
は少年の腕の下に手を差し入れると、そのままひょいっと抱き上げた。




「・・・うわっ!」




思わず声をあげた少年の爪先を、ゆっくり地面に降ろしてやる。
少年はきょとんとして、不思議なものでも見るようにを見上げていた。




「足を動かしてごらん。痛いところはないかな?」




少年はに言われた通り、足首を動かしたり
とんとんと爪先をついたりしていたが、どこも痛くなかったのか、こっくりと頷いた。




「そう、それは良かった。それから・・・はいこれ、君のだろ?」




は少年の目線の高さに合わせてしゃがみこむと
いつもの凶悪面は何処へ行ったのか、少年を安心させるようににっこり微笑んで
少年の目の前に、さっき拾った麻の袋を差し出した。
少年が無言のままこくりと頷く。けれどそれ以上どうしようともしなかったので
は麻袋についていた砂埃を軽く叩き、少年の上着のポケットに強引に押し込んだ。




「これでよし、っと・・・あぁ、服も汚れちゃったな。」




そこでふと少年のズボンも砂埃で汚れていることに気付き、手でパンパンと叩く。
フラットの子供達も、こうしてよく服を汚して帰ってきたから、手慣れたものだ。
はぼんやり、フラットにいる3人の子供達のことを思い出していた。
何も言わずに出てきてしまってそれきり会っていないが、元気にしているだろうか?

その間も次から次へと、少年の世話を焼いていく
当の少年はぼんやりと、リューグは意外そうな表情で見つめている。
驚きもせず当然のように見ているのは、バノッサ1人だけだ。




「・・・あの。」


「ん?」




ずっとにされるがままだった少年が、おずおずと口を開いた。
何か話したそうな少年の様子に、は服を叩いていた手を止める。
そして優しく微笑むと、少年と瞳を合わせた。
少年はを正面から見て、それからより少し後ろにいるリューグに視線を移した。




「えっと・・・お姉ちゃんもお兄ちゃんも、助けてくれてありがとうございました。」




そう言って、少年は年齢のわりに礼儀正しく頭を下げる。
明らかにのほうを見て“お姉ちゃん”と言った少年に、思わずは呟いた。




―――――― ・・・やっぱり、女だってわかるよねぇ・・・?」


「え?」


「あ、いやいや。なんでもないよ。」




無意識に呟いた言葉は、けれど少年には意味が解らなかったらしい。
首を傾げる少年に、なんでもないよと笑って見せてから
は自分の背後に立っているリューグを、そっと振り返った。




「・・・・・・。」




見ればバノッサも、と同じようにリューグを見ていて
2人の物言いたげな視線の意味を正確に受け止めたリューグは
なにか反論しようと口を開きかけたが、そのまま言葉が出ず。
仄かに頬を染めてから、バツが悪そうに視線を逸らした。




「・・・それにしてもよく泣かなかったな、偉いぞ少年。」




がぽんぽんと頭を撫でると、少年は照れているのかくすぐったそうに笑った。
“子供扱いするな!”と言わないところが、大人びた子供だなとは思う。
これがフィズであったなら、“子供扱いはやめてよね!?は子供扱いしすぎよ!!”
・・・とかなんとか、騒ぎ出すことはまず間違いナシである。




「これくらいじゃ、泣かないよ。けど・・・」




――――――― ・・・はにかんでいた少年の顔が、突然曇った。
逸らされた彼の視線を追っていくと、そこには潰れたキッカの実が転がり落ちていた。
恐らく、まだ買ったばかりだったのだろう。
袋に入ったまま、真ん中の辺りからパックリ割れて踏み潰されている・・・あれではもう使えない。
まず間違いなく、先程ゴロツキに絡まれたときに潰れたのだろう。




「・・・潰れちゃったね。」


「・・・うん、駄目になっちゃった。」




が言うと、少年がしょんぼりとして頷いた。やはり少年の物だったらしい。
だがキッカの実は、怪我を治療するときに用いられる回復薬だ。


冒険者でもなければこんな幼い少年が、何故キッカの実を購入したのか・・・


疑問に思いながらが視線を下げると、少年の小さな手が目に止まった。
蹴られた拍子に擦ったのか、少年の柔らかそうな手には、真新しい擦り傷が出来ている。




「手のところ、擦り剥けてるな。」


「・・・あ、本当だ。」




少年は言われて初めて怪我に気付いたようで
コンクリートで引っ掻いたような痛々しい傷跡を、じっと見つめていた。




「ちょっと待ってろ、確かこの辺に・・・」




いい物を持っていた筈、と。は鞄の中身をごそごそやった。
程なくして、目的の物の感触を探り当てる。




「・・・あった。」




得意げに言ったの手には、Fエイドが握られていた。




「商店街で買い物したとき、おまけに貰ったんだ。ちょうど良かったよ。」




そう言って少年の手を慎重に取ると
は赤く擦り剥けた部分に、Fエイドをペタリと貼った。
お風呂に入るとき少し沁みるかもしれないが、これくらいならすぐ治るだろう。




「・・・よし、これで大丈夫だね。」


「ありがとう、お姉ちゃん。」




にっこり笑ったにつられるように、少年も笑ってお礼を言った。
大分達に対する警戒心も、解けてきた頃だろう。
そろそろ頃合だと思って、は少年を怯えさせないよう、ゆっくり切り出した。




。君を助けてくれた赤い髪のお兄ちゃんがリューグで
後ろにいるちょっと人相の悪いお兄ちゃんが、バノッサって言うんだよ。」


「人相が悪いって、おま・・・っ!!」


「君の名前は?」




何が気に入らなかったのか、抗議しようとしたバノッサを遮ってが尋ねる。
少年は一瞬迷ってから、小さな声でポツリと呟いた。




「・・・ジル・・・ジラルドって言うんだ。」


「そう、ジルって言うんだ?」


「うん。」




確認するように問いかけると、ジラルド
――――― ジルと名乗った少年は、こっくり頷いた。




「ジルはどうしてこんなところに一人でいたのかな?
お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」




が小首を傾げながら問うと、ジルはフルフルと首を横に振る。




「・・・お母さんは、もういない。僕が小さい頃、病気で死んじゃった。」




心なしか、少しだけ寂しそうにジルが告げた。
は内心、ジルが死という概念をきちんと理解し、
母親の死を受け止めていることに驚いていたが、表面上はなんとも思っていない風を装う。
・・・もう塞ぎかかっている傷口を、わざわざ刺激して瘡蓋を剥がすようなことはしたくない。
増してジルはまだ幼い、子供なのだ。母親がいなくて、寂しいと思わないわけはないだろう。




「そっか・・・じゃあ、お父さんは?」


「お父さんはいるよ。お父さんと僕は、色んな町を旅してるんだ。
立ち寄った町で買った物を、他の町で売ったりしてるんだよ!」




父親の話題になり、一転して笑顔になったジルに、も思わず顔を綻ばせた。
しかし同時に、ならば何故父親と一緒ではないのかという疑問が浮かぶ。
もしかするとこんなにしっかりしているのに、ジルは迷子かなにかなのだろうか・・・?




「行商人か・・・」




どこか感慨深そうな声色で、リューグが呟いた。
チラリと彼を覗き見ると、彼の瞳は僅かに哀愁を漂わせていて、どこか焦点が定まっていないように見える。
は一瞬眉を潜めたが、今はこちらが優先だとジルに向き直った。




「そうなんだ、凄いね。」


「うん!僕のお父さんはとっても強いんだよ、盗賊にだって負けないんだから!だけど・・・」




潰れたキッカの実を見たときと同じように、ジルの表情に翳りが差す。
は出来るだけ優しい口調になるよう心がけて、ジルに続きを促した。




「・・・だけど?」


「今、お父さん病気なんだ。だから僕、お父さんが元気になるようにと思って・・・」




ジルの瞳が、潰れて駄目になってしまったキッカの実を捉えた。
ジルは父親が元気になるように、行商で身に付けた知識でもって、キッカの実を買いに行ったのだろう。
その帰りに、ゴロツキに絡まれてしまったのだ。
それならば、ジルが結構な大金を持っていたことも、こんな場所に1人でいたことも頷ける。
いつも彼を導き、金銭の管理をしていた父親が伏せっているからだ。




「・・・そっか、それで一人でこんなところにいたんだね?」


「・・・うん。でもいつもはお父さんと一緒に出かけるから、道に迷っちゃって・・・」




ジルは苦笑していたが、は彼が泣いてしまうのではないかと思った。
ジルが年齢よりも大人びた振る舞いをするのは
幼い頃から父親と一緒に色んな土地をまわり、大人達と渡り合ってきたからだろう。
だがそれでも、ジルもやっぱり子供なのだ。
父親は病気で寝ていて、見知らぬ街に1人きり、不安でない筈がない。
父親までいなくなってしまったら・・・心中はきっと、そんな不安感でいっぱいだ。

はしばらくの間、俯き加減のジルの頭を見つめていたが
やがて何か決心したらしく、妙にきりっとした顔つきになる。


――――――― ・・・その表情に、迷いはこれぽっちもなかった。


は行動に移る前に、まず後ろにいる2人を振り返った。
これから、自分勝手な行動を取ることの許可を求めたつもりだったが
それは完全には伝わらなかったらしい。

バノッサは、の思考などとっくにお見通しだったようで
面倒だと言わんばかりにチッと舌打ちをしたが、リューグは何事かと首を捻っていた。




「・・・ったく、お前の好きにしろ。」




そっぽを向きながら、吐き捨てるようにバノッサが言った。
だがそれが、彼なりの了承だと短くもない付き合いではわかっている。
1人話についてこれないリューグは、そんな2人のやり取りに怪訝そうに眉を顰めた。
唯一人事情を飲み込めていないリューグを余所に、はにっこり微笑むと、
リューグも決して反対はしないだろうことを見越して、小さなジルの手を取った。




「よし、ジル!と一緒に、もう1度キッカの実を買いに行こうか!」


「・・・え!?で、でも・・・いいの?」




の後ろに立っているバノッサとリューグを
チラチラと窺い見て、遠慮がちにジルが言う。・・・本当に出来た子供だ。




「・・・ああ。ジルがとてもいい子だから、手伝ってあげたいんだよ。
大丈夫、後ろのお兄ちゃん達も顔に似合わず優しいからね、これぐらいじゃ怒らないよ。」




にっこり微笑むを盾に、ジルはしばしリューグとバノッサを観察していた。
しかし、2人がの意見に反論しないと見て取るやいなや
ジルは今までの物分りのいい子供とは一転した、歳相応の子供らしい笑顔を見せた。




「・・・ありがとう、お姉ちゃん!」













「・・・子供の扱いに慣れてるんだな。」




そう呟く彼の視線の先には、器用に屈んで手を繋ぎ、
まるで本当の姉弟のように、仲睦まじげに歩いているとジルがいる。
そんな2人を少し離れた位置から見て、実に意外そうにリューグが言った。
リューグが今までに見てきたという人間の印象からは、
こうして子供と仲良く手を繋いでいる姿なんて、とてもじゃないが想像できない。
銃を片手に、卑屈な笑みを浮かべ、黒の旅団を脅しておきながら、
自身は飄々としていたのは一体どこの誰だったのか・・・到底同一人物とは思えない。


あの後、は宣言通りにジルを連れて道具屋まで足を運び
幼いジルでは宿まで運ぶのに手に負えないほどの、大量のキッカの実を購入した。
それはどう贔屓目に見ても、2日3日で消費できる量ではなく。
山のように積み上げられたキッカの実に、ジルは瞳を白黒させて驚いていた。


・・・しかも、ここで購入したキッカの実の代金は
全ての、所謂ポケットマネーというヤツから出ている。
物凄く大きな金額だとはいえないが、今さっきそこで会ったばかりの子供に、
躊躇いもなくこれだけの金額を費やせるは、ある意味大物なんじゃないかと思えた。






・・・そうでなかったら余程の馬鹿か、どっちかだな。






実に紙一重ではあったが、リューグにはどうも後者だとは思えなかった。
・・・これといった確信が、あったわけではないが。


今まで見たこともないくらい・・・いや、恐らく生まれて初めて見るだろう
大量のキッカの実を前にしてバノッサだけでなく、流石にリューグも眉を顰めた。
こんなに大量のキッカの実を、どうやって持って帰るのかと、ジルも不安そうだ。
だがは、そんなジルの不安を見越したように
いかにもなんてことなさそうな口ぶりで“大丈夫大丈夫”と気軽に言うと、
当然のように荷物を全部、バノッサとリューグに押し付けた。


助けて貰った上に荷物持ちまでさせては悪いと、ジルが恐縮するように言ったが
ミニスと然程変わらないだろう年齢の子供に、こうまで気を遣われてしまっては
年上として、却って持ってやらないわけにはいかなくなる。



――――――― ・・・はどうやら、そこまで予測していたようで。



袋を1つ持っただけで、フラリとよろけそうになったジルから
ぶっきらぼうに荷物をふんだくったリューグを、人が悪そうな笑みを浮かべて見ていた。



――――― ・・・そう、いつものあの笑みで。



だが例えそうでなくとも、彼女の顔を殴ってしまった後ろめたさがあるリューグに
最初から彼女の提案・・・いや、指令を拒否する権利は与えられていなかったらしい。


その上、どうやら達はゼラムに滞在している間に
度々この道具屋を訪れていたらしく、既に店の主人とも顔見知りだったようで。
がジルの父親が病気なのだと話すと、これが効くかもあれが効くかも・・・と
荷物持ちをさせられるリューグ達にとってみれば有難迷惑な話だが、
いくつかの商品を、おまけして持たせてくれてしまった。


・・・まぁ買った物が物だけに、嵩張るばかりで見た目ほど重くはない。
それに、と手を繋いで嬉しそうに歩いているジルを見ていると、
荷物持ちくらいはしてやってもいいかと思えてくる。
恐らく、彼女の手が荷物で塞がっていたら。
バノッサもリューグも、ジルと手を繋いでなんてやらなかっただろうから。


・・・そんなわけで、ジルに泊まっている宿まで案内してもらいながら
リューグはバノッサと2人後方に並んで、荷物持ちをさせられている次第なのである。




「・・・意外だったか?」




無意識のうちに声に出てしまったらしいリューグの呟きに、バノッサが静かに応えた。
声に出すつもりはなかったのだが、目の前の光景はそれほど意外だっただろう。
自分でも気付かないうちに、声に出てしまっていたらしい。


のことでと口論になったのは、ほんの一時間ほど前の出来事だ。
いくらその気がなかったとはいえ、リューグの方からバノッサに話し掛けた形になり
リューグは、なんと言えばいいのかわからずに
とりあえず袋を抱えたまま仕方なく、無言でコクリと頷いて見せた。


彼の視線は、前方を歩くとジルに固定されたままで
血のように紅い瞳は、チラリともリューグの方を見ようとはしない。
それなのに、前を向いている筈のバノッサはどうやってか
それでも視界の端に、リューグが頷いたのを認めたらしい。
なにかを懐かしむような口調で、“そうか・・・”と話を切り出した。




「・・・アイツが今住んでるところはな、孤児院なんだよ。」


「・・・孤児院?」




聞こえてきた単語が、という存在とはあまりに掛け離れていたので
リューグは眉間に皺を寄せ、訝った声を上げてしまった。
思わずバノッサを仰ぎ見たが、バノッサはリューグの反応を予想していたのか、
顔色ひとつ変えずに、前を向いたまま平然と歩き続けていた。




「・・・あァ。アイツとほとんど変わらねェ歳のヤツラと、数人の大人で切り盛りしてるオンボロ孤児院だ。
まぁ最近は、アイツラも働けるようになって少しは稼ぎが増えたがな。
何しろあそこはとんでもなく大所帯だ、貧乏には変わりねぇ。」




そこまで告げて、バノッサは唐突に鼻先で笑った。
彼はわざと、それが嘲笑らしく聞こえるよう努力しているようだったが、
懐かしむような口調のせいか、リューグにすらそうは聞こえなかった。


こんなことで嘘を吐いても、バノッサに利益がないことはわかりきっていたが
それでもが孤児院で生活しているなんて、リューグは未だに信じられなかった。
多分、実際にこの目で見ていても信じられないだろう。
だがそういうことなら、あれだけ子供の扱いに慣れているのも頷ける。
それが真実なのだろうと頭で理解していても、素直に納得できない自分がいた。




―――――― ・・・行き場のない人間と召喚獣が、どうしてかフラットには集まる。」




気のせいか、バノッサ声は先程よりも低くなっていて
真紅の瞳は深みを増しているように思えた。




「行き場のない人間と、召喚獣・・・?」


「・・・そうだ。召喚師に死なれて、サーカスで見世物になるしかなかったヤツ。
召喚術の理論も知らずに、召喚主の所から脱走してきたヤツ・・・まぁ、色々だな。」


「・・・・・・。」




リューグはこれまで、召喚術というものは戦いの道具なのだと思っていた。
村の周囲で出遭うはぐれ召喚獣は、獰猛で道行く人を襲うし、
リューグとロッカの両親も、2人が幼い頃にはぐれとなった悪魔に殺されている。
世間一般的にも、召喚術が多く用いられるのは戦だとされているし
そこで召喚主に死なれた召喚獣が、はぐれ召喚獣になる最も典型的なパターンだ。


近年は金の派閥によって、召喚獣による交通手段である召喚獣列車や浄水場など
召喚術が一般市民の生活に近いところで使われる機会も増えてはきたが
元来召喚師というヤツラは悉く閉鎖的で、自らの地位を確立する為に家名を与え
召喚術の技術を身内だけで独り占めにし、極力外部へは漏らさないようにしてきた。


そのような背景から、正規の召喚師ともなれば然程人数も多くない。
だがそれでも召喚術の力を求める者は少なくなく、きちんとした教育を受けず、
金で召喚術の知識を買った、所謂外道召喚師と呼ばれている連中も横行しているほどで、
聖王国、及び心理の追求を目的として掲げている蒼の派閥は、
そんな召喚師の取締りを、一層強化している。


そのためレルムのような片田舎で、本物の召喚師を見かける機会など滅多になかったし
リューグの中で召喚術と言えば争いの道具、そして召喚獣といえば野性化したはぐれだった。



だがトリス達と行動を共にするようになってから、その認識も変わりつつある。



トリスとマグナが連れている護衛獣も、列記とした召喚獣だ。
だが争いごとを好まない性格のレシィや、おっとりしていて温厚なハサハが
あの凶暴なはぐれと同じ召喚獣だとは、どうにも思えない。


大昔、人間に協力してくれた天使と対立したと言われ、
それ以来、悪のイメージが定着しているサプレスの悪魔のバルレルも、
なんだかんだでトリスの尻に敷かれているし、
1番まともそうに見えて素っ頓狂なことを言うレオルドも、一種世の中を知らない子供のようなものだ。
そんな彼等は、リューグの抱いている召喚獣のイメージと必ずしも一致してくれない。


しかも召喚術の理論から言えば、ケイナに
そして今目の前で、こうして子供相手に微笑んでいるも、召喚獣に分類されることになる。
特に彼女達ともなると、リューグ達リィンバウムの人間と姿も変わりはなくて
本当にこれが召喚獣なのか?と問い質したくさえなってくる。






痛ければ泣くし、嬉しければ笑う。
姿形が違うだけで、召喚獣とは本来、自分達に近い存在ではないのか・・・?






今まで、召喚獣といえばはぐれ召喚獣を思い浮かべ
人間に仇をなす、どこか自分達とは異なる生物。
あるいは戦う手段だと思ってきたリューグの認識は今、崩れつつあった。




「・・・・・・アイツも、他に行き場なんてなかったクチだからな。
だからかは知らねェが、ああやって召喚獣と子供にだけは妙に優しい。」




そういうバノッサの表情も、言葉の荒さに比べると随分と穏やかだ。
リューグは、バノッサもに対しては甘いのではないかと思った。




「あのガキも・・・アイツらが見つけてなかったらどうなってたか知れねェしな。」


「・・・あのガキ?」


のことだ。」


「・・・・・・。」


「運良くあの連中に見つけられてなかったら、どんな目に遭ってたかわかりゃしねぇ。
・・・しかもアイツはドジでマヌケで、極度のお人好しときてる。
馬鹿を見る条件は、三拍子で綺麗に揃ってるだろ。」


「確かに、な・・・」




・・・召喚獣だって、人間と同じで感情がある。
突然見知らぬ世界に放り出されれば不安だし、行き場がなければ悲しい。
リューグが怒りをぶつけたあのとき、もそうだったのだろうか?
――――――――― ・・・同じ、だったのだろうか?




『敵のスパイかもしれないヤツと、一緒になんていられるかッ!!』




リューグの脳裏に、分厚い本で頭をガツンと叩かれたような表情をした、の顔が過ぎった。
思えば、どうしてすぐ泣き出さなかったのか不思議なくらいに
今にも泣いてしまいそうな顔をしていたような気がする。
・・・迷子の子供のように頼りない。自分を救い上げてくれる誰かを、探し求めているような顔。




「あの馬鹿が心配するのも無理はねェ話だ。
俺だって、下手したら死んでなくてもどっかに売られちまってるかと思ってたからな。」


「売られ・・・(汗)」




リューグは“いや、流石にそれはないだろう”と言おうとしたが
レルムの村で、自警団の屯所を訪れたときのの様子を思い出して
完全に否定することは出来なくなってしまった。
・・・確かになら、有り得ない話ではないかも知れない。




「・・・そんなんだからあの馬鹿、目の前で召喚されてくガキを助けられなかったのは
自分に力がないせいだとかぬかして、妙に気にしてやがったんだ。
あのガキも、そこまでガキじゃあねぇと思うんだがな・・・。」


「・・・・・・。」




最初、バノッサが話し始めたとき。
自分とバノッサが話す必要など、どこにもないと思っていた。
何故バノッサは、自分にそんな話を聞かせるのか?
・・・どうして突然、リューグに関わる気になったのか。理解しかねると思っていた。
だが今になって、リューグはバノッサが自分に、
のことを話して聞かせたその理由が、なんとなく解ったような気がした。


行く場所もなく、はぐれ召喚獣というレッテルを貼られたにとって
同じ境遇の仲間や、大切な人達を守ることは、並大抵の苦労ではなかったのだろう。
彼女の強さは、きっとそのことの証なのだ。


を庇ったことの意味を、その理由を。
バノッサは自分に、彼女の境遇を話すことで伝えたかったのかもしれない。





―――――― ・・・こいつも、多分悪いやつじゃねぇ。





バノッサもも、そんなに悪いやつじゃない。
リューグは召喚術だけでなく、この2人の印象も塗り替えつつあった。


そのとき、前方を歩いていたがふと立ち止まり、リューグとバノッサを振り返る。
どうやらバノッサは、今の話をに聞かたくなかったようで
一瞬ビクリと体を強張らせたが、幸いに2人の会話は聞こえていなかったようだ。
はバノッサとリューグに向けて、のんびり手を振っている。




「おーい、バノッサ〜〜!!」


「・・・あァ?うるせぇな、なんだよ?」




決して良いとは言えない言葉遣いで、いかにも面倒臭そうに、けれど律儀に返事をする。
表面上平静を装ってはいるが、きっと内心はヒヤヒヤしていることだろう。
リューグがくっ!と喉で笑いを噛み殺すと、不満そうな紅い瞳がリューグを睨んだ。
そんなやり取りを3人が交わすより、頭何個分か低い位置で
ジルがの上着の裾を引っ張りながら、何事かうーうーと呻いていた。




「あ、あのお姉ちゃん・・・ぼ、僕やっぱりいいよ・・・!!」


「なんだよジル、バノッサに遠慮することなんかこれっぽっちもないぞ?
ああ見えても外見ほど怖い奴じゃないからさ。」


「・・・勝手なこと言ってんじゃねぇよ、ったく。」




口ではそう言いながら照れているのか、彼の頬は心なしか赤くなっている。
血のような印象を受けた紅い瞳も、湿原で見たような鋭さを宿していなくて、
血と言うよりも鬼属性のサモナイト石か、そうでなければ夕焼けのように思えた。




「バノッサ、ジルに肩車してあげてよ。」


「はぁッ!?肩車だぁッ?」




バノッサが素っ頓狂な声を出すのも、仕方のないことだった。
の要望はそれほど脈絡のないものだったのだ。
そうでなくともバノッサは、生まれてこのかた
肩車なんてものをして貰った覚えも、してやった覚えもない。




「なんで俺様がそんなことしなきゃならねぇんだよッ!?」


「えー?そりゃだって、じゃジルでも大して持ち上げてやれないしさ。
どうせなら、身長が高いほうがいいだろ?
・・・・・・それに、お前だっていつかは父親になるんだぞ?その予行練習だと思ってさ!」



「ち、父親・・・ッ!?」




の言葉に必要以上に反応して、バノッサがやけに上擦った声をあげる。
彼が発したとも思えない普段よりも高めの声は、動揺のためか微かに震えていた。


紅いマントに、女性の身体を模った揃いの色の鎧。
肌は陶器のような白さを保ち、かなり長身のうえ、目付きも鋭い。
そんなバノッサが本来持つ外見的特長も、かなり人目を惹くのだが
それに輪を掛けて、ど派手な彼の格好は良くも悪くも目立った。


だがそんな外見に反して、発される声は彼のものだとは思えないほど情けない。
にとって、それはなんの他意もない発言に過ぎなかったのだが、
頭にすっかり春が訪れている人間に、妙な妄想を引き起こさせるには十分だったようである。
・・・彼の頭の中に描かれた家族予想図には、ちゃっかりが母親のポジションに納まっている。
今のバノッサは、旗から見てもオーバーリアクションの変な人でしかなかった。


だがは、挙動不審なバノッサの態度をこれぽっちも気に留めずに、
・・・彼女にしては珍しく、本当に不思議だったのだろう。
いつもの人を喰ったような態度ではなく、自然な仕草で、心底不思議そうに首を傾げた。




「あれ?ならないの?」




普段の態度が態度だけに、不意に素直な行動を取られると、かえって心臓に悪い。




「・・・ッ!!んなこと、俺様が知るかッッ!!」




病的に白かったバノッサの頬に、朱が差して・・・あぁ、そうなのか。
彼が馬鹿みたいに反応を示すものだから、
色恋沙汰は滅法苦手なリューグにも、それだけでわかってしまった。




『今度アイツに何かしたら、俺がお前を殺す。』




彼がリューグにそう言った理由も、優しい表情でを見ていた理由も。
リューグがぼんやりとそんなことを考えている間に
なんだかんだでに言い包められてしまったらしい
バノッサがジルを肩車しようと試みて、危なっかしく悪戦苦闘していた。


それでも目線が多高くなると、ジルは“わぁ・・・っ!”と
驚きと嬉しさの入り混じった声をあげたし、バノッサは渋々といった様子で、
けれど喜ばれて満更でもなさそうに、肩車をしてやっている。
そんな2人を見て、微笑ましそうに苦笑しながら、
バノッサの抱えていた荷物を代わりに持ったが、リューグの隣までさがってきた。




「・・・くっ!あははっ、子供と戯れてるバノッサって本当に似合わないよなー!」




あんなことを言ってやらせておいて、それはないだろうとリューグは思ったが
の穏やかな表情を見るに、彼女も悪くはないと思っているようだった。
こうしていると、2人とも先程とは別人なのではないかと思えてくる。
肩を竦めて苦笑しているを見つめていると、はそれに気が付いたのか
リューグに向けて、にぃっと悪戯っ子のように笑って見せた。




「・・・アイツ、ああ見えて結構面倒見いいだろ?」


「・・・そうだな。」




互いに相棒の意外な一面を自慢してくる彼等に、
リューグはいっそ、“お前等揃ってお人好しだ!”と怒鳴ってやりたくなったが、
どうにかそれを押さえ込んで、むっすりと黙り込んだ。
なんだか恋人同士の惚気を聞かされている、損な役回りの知人にでもなったような気分だ。




「わっ、と!」




が腕に抱えていた袋から、キッカの実が2個ほど転がり落ちた。
見れば、は腕いっぱいに袋を抱え、よろよろと頼りない足取りで歩いている。




「考えもせずにこんなに買うからだ。」


「はははっ、全くもってその通り。」




はリューグと、身長もほとんど変わらない。
ただでさえ、男と比べて体格で劣るのに、そのうえ腕力も劣るには、
バノッサが抱えていた袋を全て持つのは、許容量オーバーだったようだ。
他の袋を落とさないように、必死になってキッカの実を拾おうとするを見かねて、
リューグはの腕から、袋を一包み奪った。




「・・・貸せよ、1つ持ってやる。」


「へ?」




呆けた顔をするを放って、リューグは何もなかったかのように歩き出す。
は慌ててキッカの実を拾うと、速歩きでリューグに追いついた。




「あはっ、悪いね。」


「別に、これくらいどうってことねぇよ。それにしてもお前、随分腕力ないんだな。」


「う、うるさいな!・・・ったく、人が気にしてることを・・・」


「そんな非力で、よく今まで困らなかったもんだぜ。」




生きていくうえで必要ならば、力なんて否が応でも付くものだ。
アメルだって、小さい頃から木登りをしたり
収穫した野菜なんかを運んでいたから、あれでも見た目より力はある。
に力がないのは、それがなくても生きられたからなのだ。




「あー、うん。まぁ、力はなくてもそんなに困らなかったかな?
重い荷物を運ぶにしても、向こうには車があったからせいぜい駐車場までだし。
こっち来てからは、周りに力自慢ばっかりいたからなぁ。」






エドスとか、ジンガとか・・・バノッサに、あとはカノンもいただろ?






改めて数えてみると、よくもまぁ。これだけ力自慢が集まっていたものだ。
これだけ力自慢がいたのだから、日常生活にしろ戦闘時にしろ
が必要に迫られて腕力がついたりするなんてこと、あるわけがなかった。




「くるま・・・?」




唸っているの横では、リューグが聞いたことのない単語に眉を潜めていた。




「あぁ、なんていうか・・・そうだね。
ロレイラルの技術と似たような仕組みで動く、馬車みたいなものかな?」




に説明を受け、だがそれでも車の想像がつかないらしく
リューグはふぅんと、曖昧な相槌を打った。


余程肩車が気に入ったのか、ジルの楽しそうな笑い声が風に乗って聴こえてくる。
ふと視線を戻したリューグは、はしゃいでいるジルの姿に、幼い頃の自分と兄を重ねた。
まだ、父親も母親も生きていた頃。
リューグとロッカは父親を独り占めしたくて、よく父親を取り合っていたものだった。




「・・・そういえば、小さい頃親父にやって貰ったな・・・」


「・・・なに?もしかして肩車?」




の問いに、リューグはこくりと頷いた。
幼い頃に見た父親の背中は、とても広くて大きかった気がする。
たまの休みにはロッカと父親を取り合い、
大きくなったら父さんのようになるのだと、幼心に憧れたものだ。


――――――― ・・・もし、今も両親が生きていたら。
父親の背中を見て、リューグはどう感じるのだろう。やはり、大きいと感じるのだろうか?




「・・・ふーん。やっぱり、普通は子供の頃に1回くらい経験してるものなのかね。」


「・・・そう思ってたから、やってやれって言ったんじゃねぇのかよ。」


は・・・」




まさかそう返されるとは、想像もしていなかったのか。
はほんの一瞬言葉に詰まった後、何かを探すようにふっと空を見あげた。




―――――――― ・・・」




そんなにつられるようにして、リューグも空を仰ぎ見る。
・・・ちょうど鳥が一羽、頭上を飛んでいくところだった。


リューグはすぐに視線を戻したが、はまだ空を眺めている。
その瞳にふざけたところはこれぽっちもなくて、リューグは声が掛けられないでいた。
なんとなく、今彼女の世界に踏み込んではいけないような、そんな空気を感じとったのだ。
彼女はどこか、空よりももっと遠くを見ているようでいて、一点をじっと見つめ続けている。
そうしてリューグが声を掛けようか迷い始めた頃、がゆっくりと口を開いた。




「・・・・・・あの人には、そんなことして貰った覚えがないな。」




なんてことなさそうな口調に反して、その声色が酷く寂しげで。




「・・・・・・」




何を訊ねようと思ったのか、正直今でもリューグはわからない。
けれど何か聞かなければいけない衝動に駆られて、リューグは口を開いた。




「お前・・・」




だが疑問を発するよりも先に、いつの間にバノッサの肩から降りたのだろうか?
ジルが弾んだ声でを呼びながら、こちらへ向かって駆けてきて
リューグは話を中断せざるを得なくなった。




お姉ちゃんっ!!!」


「おっ!ジル、肩車は楽しかったか?」


「うんッ!お父さんはいつも重い荷物を背負ってたから、僕、肩車ってして貰ったの初めて!!
バノッサお兄ちゃんって、背高いね!凄く遠くまで見えたよ!」


「そう、それは良かった。」


「僕も大人になったら、バノッサお兄ちゃんぐらい大きくなれるかな!?」


「あぁ、ジルならなれるさ。今だって、同じ年の子と比べたら大きいほうだろ。」


「本当ッ!?」


「ジルのお父さんは、どれくらい背が高い?」


「・・・うーん。バノッサお兄ちゃんよりは少し低いと思うけど、お姉ちゃんよりはずっと高いよ!
お父さんは背が高くて、僕と手を繋いでると上手く歩けないくらいなんだ!」


「そう。なら、きっと大丈夫だよ。」


「そうなるといいな!」


「牛乳を飲むと、身長が伸びるってよく言うけど。」


「本当!?じゃあ僕、これから牛乳たくさん飲む!」


「そうだな、好き嫌いはしないようにしろよ?」




抑制の効いた声で呟いて、ジルの髪の毛をくしゃくしゃと掻き混ぜたからは
さっきの寂しげな雰囲気はすっかり消えていて、もういつも通りのだった。




「お前さ、将来案外いい父親になれるんじゃない?」


「・・・うるせぇよ。」




こちらに近づいて来たバノッサに、すれ違いざまニヤリと笑ってからかうようにそう告げながら
既に荷物を押し付けている辺りはさすがとも言うべきか・・・とにかく素早い。
照れ臭いのか、バノッサは無愛想に一言だけ文句を返してから
の荷物を素直に受け取って、それから怪訝そうに眉を顰めた。




―――――― ・・・おい、袋1つ足りねぇぞ?」




どうやらたった1つ袋が減っている違和感に、聡くも気が付いたらしい。




「あぁ、それならリューグが持ってる。ひとつ貸しな。」




リューグが“あぁ”とも“うん”とも言わないうちに、はリューグの荷物の山から、
袋を1つ器用に抜き取ると、再びジルと繋ぎ直した手と反対の手で、袋を小脇に抱えた。




「さぁ、ジル。行こうか?」


「うん!」




にっこり微笑んで告げたに、ジルも満面の笑みで元気良く返事をした。
そうして結局、手を繋いで歩くジルとの数歩後ろを
大荷物を抱えたバノッサとリューグが、またもや並んで歩く羽目になる。




「・・・あいつの方が母親に向いてんじゃねぇか?」




“人は見かけによらないんだな”と、失礼極まりないことをぼやくリューグの横で
バノッサは廃墟と化したレルム村で出遭った、変わり者の爺さんの言葉を思い出していた・・・






――――――― ・・・あれは、案外良い母親になるぞ。』






・・・あのジジイの言ったことも、あながち見当外れでもないのかもしれない。
――――――― ・・・そんなことを考えながら。













戯言。


えーっと、なんだかんだでとリューグの閑話的なお話になってしまいました。
サモンナイト2夢長編、第21話前編をお届けします。
特に必要のない描写ばかりで、妙に字数喰ってしまいまして
あまり区切りのよくないところで前後に分けることになってしまいました。
どうでもいいことですが、最初の方のチンピラとの絡みが書いていて1番楽しかったです。

さて、恒例になりつつある解説、もとい言い訳に入りますと今回のお話は
とリューグに親睦を深めて貰おう!がテーマです。
20話で言い争いになった後、なんだか微妙な消化具合だったので。
そう思って張り切って書いていたら、今度は親睦を深めすぎたかもしれません。
もうちょっとトゲトゲしつつ、互いを信用しているような関係にしたかったのになぁ・・・(遠い目)
ともあれ、さんがどれだけ子供にも優しいかを表現できたらいいです。
召喚獣に対しての優しさは、普段から書くよう心がけているので。

中途半端なところで切ったので、終わりの方がすっきりしませんが
最後はバノッサさん、レルム村を思い出したならリューグに言おうよ!っていう話です(笑)
いえいえ。漢バノッサ23(4か?)歳、さんのことで頭いっぱいなんでしょうね。
まだまだ彼は若いですから、頭の中は遅い青春で真っ盛りですョ(それも嫌だ)





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